育て達人第191回 伊藤 俊一

著書「荘園」がベストセラーに 人間学部の授業が下敷き

人間学部人間学科  伊藤 俊一教授(日本中世史)

人間学部の伊藤俊一教授が2021年9月に上梓した『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』が好評です。発行部数は約5万部と、硬派の本としてはベストセラーと言えるヒットになっています。執筆の舞台裏や反響などを聞きました。

執筆のきっかけから語ってください。

ベストセラーの著書を手にする伊藤俊一教授

ベストセラーの著書を手にする伊藤俊一教授

2015年末、北海道大学の橋本雄先生の推薦で中公新書の編集部から話がありました。私の専門は荘園の研究ですが、たいへんなことになるだろうと予想しつつも、「お引き受けします」と即答しました。

中央公論新社の紹介ページ

あとがきに明記されていますが、人間学部の専門科目「日本社会史」の講義内容を基にしているのですね。

当初は、学生になじみがあると思って、戦国時代について話していたのですが、武田氏や織田氏など大名によって実態が異なり、難しかった。ある年度から、荘園史に切り替えたら、学生の反応が良かったのです。執筆依頼を受けた時点で構想はできていました。

「名城発のベストセラー」でもありますね。

中公新書のネームバリューである程度売れるとは思っていましたが、反響が予想外に多く、「名著」といった賞賛の言葉もいただき、うれしい限りです。

【朝日新聞デジタル「伊藤俊一「荘園」単純化排した画期的な通史」(2021/11/23)】

エピソードはありますか。

5年がかりで書き上げましたが、途中、頸椎(けいつい)の痛みで入院することもありました。

内容的にはどんなことに注意しましたか。

専門用語は文中で説明することを原則としました。文末を論文のように「である」調で書き始めましたが、途中から「だ」調に変えると、リズムができて筆が進みました。編集者からは3カ月に1回ぐらい進捗(しんちょく)確認のメールが届きました。

専門用語が多く、かたい内容ですが、個人的には「さぞ殺伐たる農村になったと思うが」(38ページ)、「いつの世でも下請けはつらい」(42ページ)、「国司のほうから権門に忖度(そんたく)して」(51ページ)、「昨今の日本がこの時代に似てきたようで心配になる」(53ページ)、「人の運命とはわからないものだ」(251ページ)といった当意即妙のコメントが随所にちりばめられ、クスッとしたり、ホッとしたりしました。

筆の走りで書きました。アドリブです。

研究者人生で転機はありますか。

いくつかあります。最近では、東寺(京都の教王護国寺)の借金について研究会で発表するはずが、1カ月前に迫って同じような研究の論文を発見し、変更しなければならなくなりました。借りた金を何に使ったかの分析に切り替えました。すると、15世紀のある時期には多額の借金を用水路改修に使っていることが分かりました。用水路が水害で傷んでいたからです。当時は水害が多かったのです。

総合地球環境学研究所の中塚武先生(現名古屋大学)が、樹木の年輪に含まれる酸素の同位体比を測定することで降水量を年単位で復元する研究をしていました。この手法を知り、突き合わせると、史実と気候変動の影響がかなりの程度で対応するのが分かりました。

著書ではその成果が盛り込まれています。

狙ってできた成果ではありません。セレンディピティ(serendipity、偶然の幸運)です。この手法を使い、気候変動と農業生産の研究ができるようになりました。10世紀も記録が少なく「空白の世紀」と言われていましたが、気候変動の復元から当時は極端な少雨だったことが判明するなど、新たな発見があります。

大学では何を教えていますか。

「日本社会史」以外にも日本史関連を幅広く教えています。2年生の文献購読では新書を読む授業をしています。

大学でどんなことを学んでほしいですか。

三つあります。第一は、本をちゃんと読めるようになること。第二は、分かりやすい文章を書けるようになること。第三は、与えられたことをこなすだけではなく、自分で計画したことをスケジュール管理しながら最後までやり遂げることです。

高校で「歴史総合」が導入されることの意義は何ですか。

いいことです。歴史を暗記物とせず、資料(史料)を読み解いて解釈する教科にしました。高校教育の画期的な転換だと思います。大学入学共通テストの日本史Bの出題は、その転換を先取りしています。

座右の銘を色紙に書いてください。そのココロは。

座右の銘を色紙に書いた伊藤俊一教授

座右の銘を色紙に書いた伊藤俊一教授

「山あり 谷あり」です。歴史上の人物を見るとよく分かります。織田信長はものすごい幸運で桶狭間の戦い(1560年)を勝ちましたが、本能寺の変(1582年)で不運にも命を絶ちました。人間が持っている運は、案外平等だと思います。順調でも、いつか落とし穴にはまるかもしれない。逆境でも、時機を待てば運気が上向くかもしれない。私も、入院中は絶望的でしたが、『荘園』を書き上げたら、好評が待っていました。

趣味を教えてください。

仕事にも絡みますが、史跡歩きです。最近では、碧南、津島、西尾などに行きました。カメラを持って妻と歩きます。

本能寺の変から逃れた徳川家康がたどり着いた大浜の港(碧南市)=伊藤教授撮影

本能寺の変から逃れた徳川家康がたどり着いた大浜の港(碧南市)=伊藤教授撮影

日本に茶やうどんを伝えた聖一国師が開いた実相寺(西尾市)=伊藤教授撮影

日本に茶やうどんを伝えた聖一国師が開いた実相寺(西尾市)=伊藤教授撮影

愛読書は。

仏教関係の本は楽しんで読んでいます。大学でインド哲学を専攻しようと考えたことがあり、インド哲学の本もよく読みます。

商家(津島市)=伊藤教授撮影

商家(津島市)=伊藤教授撮影

津島神社(津島市)=伊藤教授撮影

津島神社(津島市)=伊藤教授撮影

最後にコメントがあればどうぞ。

編さんを手掛けた市史をめくる

編さんを手掛けた市史をめくる

『荘園』は私の研究生活の総決算です。書く機会を与えてもらい、幸せです。感謝しています。

伊藤 俊一(いとう?としかず)

1958年、名古屋市生まれ。1982年、京都大学文学部史学科国史学専攻卒業、1990年、同大学院文学研究科国史学専攻博士課程修了。博士(文学)。1992年、名城大学教職課程部講師、1995年、同部助教授、2002年、同部教授、2003年、人間学部教授。2006~2009年、人間学部長。著書に『室町期荘園制の研究』、共著に『気候変動から読みなおす日本史4 気候変動と中世社会』ほか。『三重県史』『加西市史』『宮津市史』などの編さんに関わる。日本史研究会、中世史研究会に所属。三重県亀山市歴史博物館専門委員。

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